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今回は、ニューヨークでアフロアメリカンのヴォイストレーナーに指導を受けたと言う知人から来たメールに、私が返信した内容を掲載します。
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(前略)
アフロ系のような乾いた声になる事は、かつて私も夢見ていました。
でも、ある日、関係ないな、と気がつきました。
自分の声そのものを利用しようと思い始めました。
好きなブラックミュージックを練習しているうち、アフロアメリカンの人から「ソウルシンガーのような声だね、」と言われるようになりました。
アフロアメリカンのまねをする必要は全くありませんが、彼らの発声、リズムは学ぶべきと思います。
70年代初頭にイギリスのロックミュージシャン達がアメリカのブルースやソウルを必死で勉強したのと殆ど同じ意味で、です。
アフロアメリカンの人達は、日本人の悩みを理解していません。
日本の文化や習慣をよく知らないから当然ですが、日本在住で教えているアフロの人たちも理解していません。
彼らが自然にできて、我々ができない事の理由がわかっていないからです。
生の声を耳にする事で学べる事は大いにありますが、その場を離れて時間が経つと、大抵忘れてしまいます。
普段の環境に五感が順応してしまうからです。
普段から意識しておくべきポイントをおさえておけば、あまり流されずに感覚をキープしていられると思います。
コンプレックスを感じる必要はないけど、追求は常にすべきだと思います。
日本の音楽シーンのポテンシャルが低下してしまったのも、その場に留まってる連中が多くなってしまったからではないでしょうか?
「それでいいよいいよ」みたいな、人間関係だけを大事にする超日本的社会の産物に成り果て、気がつくと、道路公団や社会保険庁のやってるような行状と同じです。
音楽業界は永田町のようになってしまっている、と私は思います。
もう一つ、大問題は、日本人は耳の感性が悪くなってます。
元々ヒアリングが苦手な人種ですが、何事にもビジュアルには敏感なくせに、サウンドはないがしろです。
デジタル騒音を騒音と思わなかったり、路上で練習しているようなストリートを野放しにしておける国民性です。
これには私も相当まいっています。街を歩くのがいやになるほどです。
音の事はもっと声高に言う人が増えなくちゃ、と思っています。
勉強するのも体力がいりますから最近めげる事が多くなってきましたが、一生勉強かな、と思っています。

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