今日で、天安門事件から20年経つと言う。
事件から2年後、今から18年前に私は北京に行った。
天安門の事を聞きたくて、でも、語ってくれる確信がないままで、北京の何人かに話しかけてみた。
やはり、誰一人、口を開く人はいなかった。
誰が何処で聞いていて、当局に密告されるかわからなかったからだ。
密告され、逮捕されるとその先はわからない。
死と隣り合わせなのである。
その当時の中国の情勢、日本語でなら話してもいいと言う中国人とレストランで会った。
中国の人は英語をよく勉強する。
英語だと、わかる人間は多いので、密告の可能性は高まる。
日本語はまだポピュラーではない。
まだ、安全と言う事だった。
しかし、彼と翌日またあう約束をしたのだが、その場所に彼は現れなかった。
何か用ができたか、忘れてしまったか、その気がなかったかならいいのだが、
前日に私たちが話していた事を誰かが密告して、捕まったりしてはしないか、と、心配になった。
数日後、日本に帰った。
その翌日、湾岸戦争が起きた。